ダルビッシュ有がプロで活躍した理由

ダルビッシュ有が以前(2016年10月)のGet Sports(テレビ朝日で日曜深夜に放送)の稲葉篤紀とのインタビューで語っていたことに勇気をもらい、何度もビデオで見ている件について、書きたいと思います。

まず、ケガとの戦いを振り返って

稲葉:「どうですか。2年間って・・・ 長かったですか。」

ダル:「いや・・・短かった・・・」

「けっこう、日本のときは、もっと楽しくやってたんですよ。野球を。ニッポンハムで投げるのもすごく好きですし。毎日、球場行くのも楽しかったですし。こっちきてだんだんそういうのなんかちょっと落ちてきてた部分もあって・・・まあ、ダメなんですど・・・また、最近はやる気になってますけど・・・そういう意味ではいい時間だったのかなとは思いますけど。」

稲葉:「でも、ひょっとしたら、治らなかったらどうしようという気はなかったですか」

ダル:「もちろん、それは、治らなかったら、もう投げられないとは思いましたけど・・・でも、まあ、セカンドキャリアというか、第二の人生を歩めばいいだけじゃないですか・・・」

稲葉:「第二の人生、もう考えているんですか」

ダル:「それはもう、もちろん、考えますよ。」

 

ひじの人体損傷という選手生命を失いかねない選手生命の危機。しかし、ダルビッシュは着々とメジャーで戦うための武器を磨いていた。目に見えて変わったのは、身体。手術前101㎏から手術後107㎏に増やしたという。

体に人一倍気を使っていたのだ。

(放送上の)おととし(2014年)、自宅を訪ねた際に、これから勉強していく本、として並んでいたのは、

「よくわかる栄養学の基本としくみ」
「よくわかる病理学の基本としくみ」
「よくわかる生化学の基本としくみ」
「よくわかる生理学の基本としくみ」
「よくわかる最新「脳」の基本としくみ」

「これ読むだけで、昨日と今日とは違うだろうし。何もしていなかったら、昨日と今日は同じじゃないですか。何かすることで今のままじゃなくなるから、何かしたい、と思っているんですけどね。」

目指す身体を作るために必要な栄養や効果的な食事のとり方の専門的な知識を勉強。さらにトレーニング方法も学び積極的に取り入れ、肉体改造を行ってきた。

復帰初戦98マイル(158㎞/h)、復帰2戦目では、メジャー自己最速の99マイル(159㎞/h)をマークし、連勝をあげた。対戦打者も手術後に球威が増したと評価している。

本人も復帰後、バッターがストレートに遅れていると感じているという。

 

ここからは、ニッポンハム時代からの【トレーニングを始めた原点】について。

稲葉:「そういう考え方になったのって、どういうのがきっかけだったんですか」

ダル:「(プロ)2年目にヤクルト戦があって、自分、投げてたんですけど肩の状態があんまりよくなくて、最後はラロッカかギグスか忘れたんですけど、ホームラン打たれて・・・」

 

2006年6月13日ヤクルト戦 プロ2年目のダルビッシュはこの年、開幕から先発ローテンションの一角を任され4勝5敗。この日は4回を終え、4失点を喫していた。そして、むかえた5回裏、ラロッカに2ランホームランを浴び、5回途中、6失点で降板した。

 

ダル:「こりゃ、しゃあないなと。そのあと肩痛ったとか、いつものように言い訳を多分してた。それで、東京ドームホテル帰って、こりゃ、ダメだな。このままじゃ俺ほんと、1軍半とか2軍の選手になっちゃう、と思って、何か変えなきゃいけないなと思って、からです。そんで今までの人生、約20年だったんでその時がこれ、20年一瞬だったから、40歳も一瞬じゃん、と思って・・したら、これ、僕の考え方なんですけど、自分40歳になってクビになって何も仕事が無い状態になろうと思って、頭の中で・・なって、自分の前に神様があらわれて「1回だけチャンスあげるから20歳の時に戻っていいよ」って言われたらみんな戻って絶対努力するじゃないですか。それで今、戻ってきた。東京ドームホテルに、っていうことにしようと思って。すごいやんなきゃヤバイ、やんないとまた同じことになる、って思いこんで。それで次の日にちょうどサプリメント会社の人が神宮球場に来てて、パンフレットください、って言っていろいろ教えてもらって。そっからです。全部。」

 

これを境に持ちを改めたダルビッシュ。練習への取り組み方を変え、栄養学やトレーニングの勉強もこの頃に始めたという。

結局、プロ2年目のシーズンは、12勝5敗(防御率2.89)と初めての2桁勝利。

さらに日本シリーズでも勝利をあげ、球団史上44年ぶりの日本一にも貢献。飛躍の年になった。

 

ダル:「で、その時の神宮球場でのMAXが144㎞/hで中日との日本シリーズの時に153㎞/hが出た。成功体験がそこにあるので、「このままでいいんだ」と思ってずっとそのまま勉強してきた。」

 

この20歳のときに、40歳の仕事のない状態を仮定して、自ら危機感を煽るという方法が斬新で面白いです。例えば、10年後に仕事のない状態を頭に描いてみたら、やる気がでるかも、ですね。

 

 

【今日の2CH(『Change』と『Challenge』)】
セミナー受講

 

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